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2011年11月06日

ブレない「ビジョン」が求められる時代

[ 投稿者 : fratdrive ブログ : [ f ]ふらっとどらいぶログ カテゴリー : news ]

朝日新聞の日曜版、GLOBEの2011年11月6日号に、「商品選び、消費者に新たな視点 企業に求められる振る舞いは」という、ブランド・アセット・コンサルティング社長ジョン・ガーズマ氏への取材記事がある[ link(411.6KB)(紙記事スキャン→PDF) ]。
これによれば、
価格やブランドといった従来の判断基準ではなく、その企業が重視する価値観や地域への貢献に着目して商品を購入する消費者が世界中で増えている。
企業が成長していくためには、消費者との間に共通の価値観を創造し、消費者の信頼を獲得していくしかない。「企業の社会的責任(CSR)」をPR戦略の一種にすぎないと考えている企業も多いが、その重要性は一層重みを増している。
というのだ。

これと同じ主張を、数日前にも読んだ。『「応援したくなる企業」の時代』(博報堂ブランドデザイン、2011.6刊)だ。
「企業の目的は収益の最大化である」という、あまりに当然と思われていた前提にも疑問が投げかけられはじめている。その根底には、「企業の目的は本当に収益だけなのだろうか」という素朴な疑問があることが多く、デイヴィッド・ボイルの『ニューエコノミクス』やブルーノ・フライの『幸福の政治経済学』に代表されるように、とくにリーマンショック以降、こうした問題提起は数多く見られるようになった。企業は収益を最終目的とするのではなく、人びとの幸福や満足度を目的とするべきだという議論だ。
そして、震災をきっかけに起こった、僕ら自身の静かな変化についても触れられている。
企業人として、さまざまな疑問を感じた人も少なくないように思う。企業は本当に世の中の役に立てているのか。自社の利益だけを考えて、右肩上がりの成長をめざしつづけていていいのか。立ち止まってそんなことを考えはじめた人たちが、とくに目立つようになったと感じる。あの大震災をきっかけに、モノに対する意識のもち方はもちろん、企業の存在意義やコミュニティの意義も含めて、社会的な価値観が大きく変わりはじめているといっても過言ではないだろう。
そこで問われるのは、企業やビジネスの本質的な部分のあり方ではないかと私は思う。どうすれば企業が真に世の中に役に立つことができるのか。企業と生活者との関係は本来どうあるべきなのか。そして、この先、企業社会はどうあるべきなのか…。社会の根底が揺さぶられたいま、こうした命題がこれまで以上にはっきりと突きつけられている気がする。
先行きが読めない時代だからこそ、これからの企業には、根底から一貫した、芯のブレない骨太の「ビジョン」や「スピリッツ」、その企業らしい、その企業ならではの「信念」や「理念」がこれからの企業活動には求められているという。「消費者みずからが歩み寄ってくる関係の構築」が必要なのだと。

また、こんな指摘もしている。
以前の日本経済はビジネスの目標が現代に比べてずっと明確だった。企業が開発した新しい機種は、生活に便利さや豊かさをもたらしてくれた。バブル崩壊を機にビジネスのあり方は一変。一気に冷え込んだ消費に、企業は「どうしたらさらに売れるのか」を重視、生活者重視のマーケティングが基本となった。その結果、市場にはほとんど差異がないモノばかりがあふれるようになってしまった。その結果、企業はモノやサービスを無理やり売ろうとする存在としてぼんやり認知され、自分たちにメリットをもたらす仲間と思われるどころか、悪くすれば、敵のような存在としてとらえられてしまうことすら起こっている。
見かけだけ消費者にいい顔をして実は搾り取れるだけ搾り取ろうと虎視眈々と狙う利己的な態度では、いずれ消費者にそっぽを向かれる。

たとえばスーパーを思い描いてみる。商品の陳列から何から、客がついつい手を伸ばしいろいろと(余計なものも含めて)購入してしまうのは、スーパー側にしてみれば「利益の最大化」なのかもしれないが、客の幸せという面ではどうか。なにしろ、行くたびに散財してしまうのだから、幸せなわけない。

ところで、いっとき各地で盛り上がった、「「放射能から子どもを守る会」的な活動が急速に冷え込んでいるみたいだ([ link ])。飽きた、ということもあるかもしれないけど、どうやら、ただ「放射能から子どもを守りたい」と立ち上がった市民を「いいカモ」と見た従来的運動家やその他怪しげな信仰宗教やらよくわからんセールスやらが彼らにプロモーションをかけ(=「子どもを放射能から守る」に色んなことをくっつけたセールス)、「いやいや俺らそんなつもりじゃないから」と一斉にドン引きしてしまった、ということのようだ。変わらなきゃいけないのは企業だけじゃないみたいで。



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