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2009年04月07日

「視聴者のニーズに応えるだけ」の先にあるのは「信頼」か

[ 投稿者 : fratdrive ブログ : [ f ]ふらっとどらいぶログ カテゴリー : news ]

テレビマンユニオン会長、重延浩氏のコラムから。
単純な視聴率の時代、広告の時代、利益の時代は終わり、視聴者のニーズに応えるだけの時代も終わったのではないか。残るのは、作る番組のほんとうの価値とそこから生まれる信頼ではないか。それはテレビの世界だけではなく、金融で動いた社会への警鐘として、人間が物をつくる原点に戻ることにより信頼しあえる社会の再構築になるという理念と同義である。テレビはそうした社会の規範になるべきである。
朝日新聞3月29日付「TVレビュー」より、NHK「日本の、これから テレビの、これから」(3月21日OA)を受けて。

テレビと視聴者との関係について思うには、テレビが視聴者を生む面もあるとは思うけど、それより、視聴者がテレビを生む面のほうがはるかに大きいのではないだろうか。視聴者のニーズを汲み上げる嗅覚にすぐれた制作者が現場では重宝されてきたわけだし、いくらテレビ側が「新しい時代のテレビの理念」と張りきって宣言したところで、視聴者がそっぽを向いてしまえば成立しないだろう。いくら志の高い番組を作っても誰も見なければ無意味に電波を流し続けるだけで、自己満足以外のなにものでもない。視聴者が変わらないかぎり、テレビは変わらない、変われない…とは思います。

おそらく、視聴者のニーズに応えるだけならネットで足りる、ネット時代においての相対的な立ち位置を考えての発言ではないかと思いますが、さて、ほんとにテレビは今後どうなることやら。

かつて、某番組において、「ニュースの投票」を試みたことがありました。あたかもラジオのように、リクエストに応じて曲をかけるように、リクエストに応じてニュースを流す。…これは実現しませんでした。「伝えなければならないことを伝えるのが報道の使命」というのがその理由。

いま思えば、なるほどと納得できます。重延氏のコラムには、「信頼」というワードが繰り返し出てきます。それはつまり、そういうことなのではと。

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