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2007年09月20日

雑誌「サウンド・ニュース」を知りませんか?

[ 投稿者 : fratdrive ブログ : [ f ]ふらっとどらいぶログ カテゴリー : fratdrive日記 ]

思い出したらどうしても書きたくなった。

昔、「サウンド・ニュース」という雑誌があった。

ぼくが大学1年のときだから、1984年(昭和59年)。どういう経緯だかは忘れたけど、そこの編集部に出入りするようになっていた。渋谷南口、桜丘町の、マンション?の一室。

「ミュージシャンのための情報誌」とうたっていて、バンドメンバー募集欄がメインだった。ミニコミの一種だったと思う。書店にはぼくらが手に持って運んでいった記憶があるし。

上京したてのころ、ぼくはプロのミュージシャンになるんだという夢があった。大学の授業なんかどうでもよくて、ただ上京したくて勉強して大学に受かった。そういう気分の、まだ渋谷の街もよくわからない、みっともない服装をした時分のことだった。

編集長は、知念さんという沖縄出身の男の人だった。キース・リチャーズみたいな風貌と雰囲気だったと思う。たしか奥さんがボイストレーナーで。

編集部はいつも赤字で大変だった。電気や水が止められたこともあった。水が止められるとトイレも使えなくなるので困った。そのたびに編集長は出かけていった。

編集部には、何人かのスタッフがいた。たしかきれいなお姉さんもいた。追い込まれるときまって行方不明になってしまう男の人もいた。

ぼくは何もできなかったので、遊びに行ってはぶらぶらしていた気がする。いちど、新宿ロフトでスタークラブって、たしか名古屋出身のパンクバンドのライブがあって、インタビューに行ってこいということになって、なんだかよくわからないけど行った。パンクバンドなので怖い格好をして睨みつけられたけど、悪いひとたちではなかった。インタビューを終えて編集部に戻ると、「やればできるじゃないか」と編集長の知念さんにほめてもらった気がする。

思えば、あれがメディア人としてのぼくの原点だったのかもしれない。

徳間ジャパンというレコード会社のディレクターのひとに親切にしてもらったことも覚えている。いちど、ジョイントコンサートに招待してもらったことがある。大好きな鮎川誠が出るっていうんで喜んで行ったら、そこで見たのがボウイだった。あ、布袋とか氷室とかのBOΦWYね。「NO.NEW YORK」をうたってるころで、まだまだ若かった。編集部にいた若い女の子でBOΦWYの熱烈なファンがいたけど、世間ではまだあまり知られていなかった。でもライブの布袋は強烈な印象があった。

いつのまにかぼくは編集部に顔を出さなくなった。理由はやっぱりよく覚えていないけど、なんか、編集部の身売りだかなんだかでゴタゴタしていたことは覚えている。もしかしたら、「お前はもう来るな」って言われたかな。

ぼくは大学に入ってすぐにバンド組んだんだけど、一発練習しただけでやめてしまい、それ以来、ミュージシャンへの夢はさっぱり忘れて、楽しい東京キャンパスライフをエンジョイし(?)、なんだかんだで今に至ります。

…なんか、会いたくなったな知念さんに。

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