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2009年01月30日

モンスターはもう古い(あるクレーマーの告白)

[ 投稿者 : fratdrive ブログ : [ f ]ふらっとどらいぶログ カテゴリー : fratdrive日記 ]

告白します。ぼくはクレーマーでした。たぶんそうだったと思います。
自分が仕事きっちり派だから、いいかげんな仕事が許せなかった。自分にサービスを提供する者に不手際があると、徹底的に問いつめた。
でも、いつのことからか、そんな自分に嫌気がさしてきた。
かつての自分のように、誰かを徹底的に糾弾しているひとを見ると、いやな気持ちになった。彼らは例外なく、正義に満ちあれて得意満面だ。
気がついたら、この社会が、そんな正義をふりかざすひとたちでいっぱいで、なんていうか、内戦状態に陥っているような気がしてきた。みんなそれぞれの正義を持ってるから、もうぐちゃぐちゃだ。
もう、こんな泥沼世界から脱したい。

…そんなことをここんとこ考えてたら、内田樹さんが朝日新聞(2009年1月25日付)で「モンスターどう対処」に語っているのを読んだ。
「変革の病」去り、絶滅へ
とタイトルがつけられている。

やや強引放談調、我田引水な趣もある気がしたけど、一部を抜粋してみる。
「モンスター」という言葉をメディアが使い始めた時点で、この問題は収束に向かい始めたと思う。いまモンスターと呼ばれている人たちは、そんな呼び方が登場する前は、メディアが後押ししてくれるという期待のもとに、公的機関に不合理なクレームを押しつけてきた。メディアが態度を翻してモンスター批判に転じれば、火が消えたようにおとなしくなる。
新聞をはじめ日本のメディアは、学校や病院、行政という「強者」に対し、「弱者」である市民は全力を挙げてその非をあげつらうべきだという論を張り続けてきた。公的な機関は激しく批判すればするほど機能が向上するという、経験上明らかにウソのアナウンスを流し続け、モンスターたちを励ましてきた。
メディアに限らず日本社会は今世紀に入って以来、問題点を指摘し、責任者を糾弾し、変革を求めることが、この国をよくする最良の処方箋だという考えにとりつかれてきた。クレーマーが出現したのは、決して偶然ではない。
変革という病にみんなが浮き足立つ中で、すべての市民は同時に公民であり、公共サービスをよくするには自分たちが身銭を切り、汗をかかなければならないことが忘れ去られた。
(今回の経済危機を機に)面と向かって誰が悪いとののしるより、協力をとりつける努力が大切だと気づく。
グローバル資本主義のもとで、連帯と共生は根こそぎにされた。だが、今のように厳しい社会では、どう連帯するかが問われる。
誰が悪いかより、自分に何ができるのか。周りに困っている人がいたらとりあえず手を差し伸べようと、人々のマインドは変わってきた。
連帯と共生のために、自分の孤立的な欲望をどう抑え、他人の考え方や生活習慣をどう許容するか。一言でいえば、どう我慢するかが、問題としてせり上がってくる時代だ。もはや、モンスターが出てくる余地はない。
モンスターを培養したのはメデイア。そうですね。ぼくもコチラで書きました。
誰かを一刀両断に全否定したり、寄ってたかってフルボッコしたりするのって、モデルはマスメディア。ネットはそれを模倣しているに過ぎないですよね。それが正義だと信じられてきた時代もありましたけど、結局のところ、人々をばらばらに分断しただけじゃなかったんでしょうか。
かつてメディアが大衆に成り代わって巨悪を討つという正義感に燃えていたことがあったかもしれません。でも、大衆自身が情報発信できるようになった今ではそんな代理戦争は要らないし、メディアが時代錯誤の正義感を振りかざしているうち、気がついたら、背負った背中で培養された「大衆という巨悪」からモンスターというエッセンスが大量に孵化していた。…そんなことはないですか?

「誰かを一刀両断に全否定したり、寄ってたかってフルボッコ」は、ネットにあふれています。mixiのコミュニティや日記なんかでもよく見ます。最近読んだ一例。ぼくの住んでいる自治体についてのコミュニティに、市政への要望を語るトピックがあります。隣接市から越してきたAさん曰く、駅前が狭い、バスが邪魔、市役所の対応が不親切、税金がコンビニで払えない、市民税が高い、分別が大変。で、住みにくく、市長に何も期待しないと不満を綴ります。

不満を言えば、自分ではない誰かがなんとかしてくれる。だって自分は弱者だから。自分は何もしないで、マグロみたくゴロッと横にでもなってればいい。テレビにでも向かってぶつくさと誰かの悪口を言ってればいい。

こういうの、もう古いって思っちゃうんです。新旧で語る問題ではないけど。

ぼくらは傍観者ではいられない。ひとりだけ抜け駆けハッピーなんてことにはならない。勝ち組負け組なんて古い。

■関連記事:
みんなをしあわせにするメディア(テレビのこれから)
寂しい「お客様」 - 分断された生産者と消費者
オバマ氏の大勝〜僕らは敵か味方か(21世紀的価値観)
ひとりじゃない強さ(反自己責任論)

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