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2008年12月01日

老人化社会は子どもの「生きる力」を奪うかも。

[ 投稿者 : fratdrive ブログ : [ f ]ふらっとどらいぶログ カテゴリー : fratdrive日記 ]

学校選択制についての新聞記事を読んで考えた。

わが子に最良の環境を与えるのが親の愛情。より良い学校を選択したいのは当然だ。
ここで考える。それは果たしてほんとに当然なのだろうか。
「当然」といった途端にヒトは思考停止してしまうので、あえてそこを考えてみる。

たとえば、うちの子が電車の運転手になりたいと思っているとする。最良の環境を与えるのであれば上野の岩倉高等学校にでも進ませればいいだろう。が、その選択肢をあえて選ばないという考え方もある。将来、彼が志望通りの職に就けたとして、誰の努力でこの成果が得られたのかと悩むことはないか。

自分が努力した結果なのか。それとも親の努力(と資金)の結果なのか。

親が最良の環境を与えることで、わが子から「やったぞ!おれはやったぞ!」と歓喜する成功体験を奪いとってしまうことになってしまわないだろうか。
(もちろん「うちにはそんな学校に進ませる資金はない」というファクターもあるのだが)

さて。

これからどんどん老人が増える。老人化社会になる。中年のぼくも遠くない将来、その仲間入りをする。
老人は弱者保護を訴える。当然のことだ。高齢者福祉はますます充実するに違いない。
それはいい。
が、その弱者保護の考え方を社会全体が(意識的にしろ、無意識的にしろ)そのまま子どもに適用することになりはしないだろうか。
弱者といっても、日を追って衰えていく老人と、日を追ってたくましくなる子どもは違う。
子どもの成功体験を奪ってはいけない。
(失敗体験もまた、成長の肥やしになる)

ここのところ、うちの小学生たちは親の運転する車に乗ってお出かけをするより、自転車で近所の公園に行ってサッカーをするほうが楽しいらしく、週末になるとせっせと自転車に乗っていく。
親に依存せず、自分の足で行動することが、彼らにとっては冒険だ。その小さな成功体験を大事にしたいと思う。

学校選択制の話に戻る。
うちの子たちが通う学校は、もし選択制になったら選ばれないだろう。
でも、それでいいと思う。
「生きる力」を最大限に伸ばして、自助努力で生きていってもらいたい。

■関連記事:
Keep on バブー !
行政は過去より未来に予算配分の重点を置いてほしいなあ。ぼくらが子どもの頃、当たり前に享受していた環境(=夏はプールに行くぞ!)がいまの&これからの子どもたちに受け継がれないのはどうかと思うよ。


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