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2007年11月23日

「ブログスフィア」にも郊外化の波!?

[ 投稿者 : fratdrive ブログ : [ f ]ふらっとどらいぶログ カテゴリー : fratdrive日記 ]

きょう、RTCカンファレンス『ブログ限界論』に行ってきます:-o

で、その前に、かねてより考えていることをば。

「ブログスフィア(BlogSphere)」を1つの町にたとえると、リアルな日本社会と同様、郊外化が進行しているのではないか。市街地の人口が減少し、郊外の人口が増加するドーナツ化現象が起こっているのではないか。

中心の市街地は、「アルファブロガー」を核とした老舗ブログで占められている。彼らが構成する商店街振興組合内のコミュニケーションは活発で、おたがいに楽しくやっている。

いっぽうで、マンネリ化も進行している。

ときに老舗ならではの驕りが感じられる発言もあるが、多数派と思い込んでいる本人たちは気づかない。しだいにかつての賑わいを失っていき、その先にあるのは、よくある駅前シャッター通り商店街。

こうして、「なんだかつまらない」ものに成り下がっているのが現状ではないのか。

いっぽう、人々は続々と郊外に新天地を求めて移動している。ただし現実社会と違うのは、そこにあるのはイオンの巨大ショッピングセンターではなく、村の小さな商店。

変わった品物を扱う専門店もあれば、雑食系のよろず屋もある。

ビッグバーン以降、拡大しつづける宇宙空間のように、ブログスフィアは拡大しつづける。もはやブログスフィアには中心は存在せず、かつて中心と思っていた場所は急速に空洞化しつつある。

…あくまで個人的な印象にすぎません。

似たようなことをすでに書いている人がいましたね。
もうこのフィールドからは新鮮なイノベーションが生まれる素地は失われてしまったのだろうな、というふうに考えざるを得ない。
逆に言えば、イノベーションを生む存在は、生む存在同士で結びついて、ブロゴスフィアとは別の場所でそういった作業に従事するようにシフトした、というふうに取れるかもしれない。
ビジネス・Web論系のブログに限っても、2005年あたりは凄い経歴の人たちが凄い知的展開をコメント欄で繰り広げているような印象があった。今も彼らは高度な論考をどこかで繰り広げているのだろう。それが見えなくなった、というだけのことだ。
結局、「アルファブロガー」の時代ともいえるこの2年間は、フラットになったフィールドから、有為なイノベーションや人材をふるいにかける2年間だった。今、このフィールドには、「とり残された人たち」しかいないのかもしれない。
Parsleyの「添え物は添え物らしく」
それから、切込隊長の「私は「アルファブロガー」という考え方は終わっていると思います」にはおおむねうなずけるし、コチラ
Webとかブログとかの利点は、ありとあらゆるマイノリティの生の声が聴けること
という意見にも同感です:)

なお、ここでいう「賑わい」はアクセス数のことではありません。アクセス至上主義的なものには、反発すら感じています。

ページビューは必要悪だと思っています。

ページビューが多いほど、さまざまなリソースを消費し、負担が増します。そこが放送と通信の大きく違うところです。ページビューはできるだけ少なく、効果は大きく、が理想です。

ところで、ブログスフィアすなわち村落共同体としてのブログ村界隈で激しい拒否反応を示した「最近ブログつまらなくないですか?」という今回のカンファレンスの問題提起?だけど、そうだよねつまらないよね。なんであんなに激高するのか意味わかりません。ああそうか、「つまらない」が自分に向けられてると感じたのか。

Tumbleに書き散らした昨今ブログ村批判らしきものをここにまとめときます。
インターネットが多数派のメディアであればそれは非効率な放送であってそんなのいらない。少数派が手をたずさえるためのメディアであるからこそインターネットは面白い。
9月18日
いわゆる日本ブログ界。さいきんまったく面白くない。なぜだろう。いわゆるブログマーケティング後、つまらなくなったのか。マス化して駄目になったか。この程度のマス化で駄目になるなら芸人としてはその程度だったということか。
いっぽうで、あえてマス化しない、意識的にマスに背を避けるひとたちが各地にいるようだ。ぼくはインターネットは多数派工作の手段ではなく少数派が連携するツールだと思っているので、そちらのが賢く正解かもしれないと思う。
場末を目指す。
9月22日
伝えるべきこと・伝えなきゃと思うことがあるからこその媒体であって、人気取りという私的欲望のみの媒体はいやらしい。ブログという形式の私的媒体には、時にそうしたいやらしさを感じることがある。
10月7日
ブログとマスメディアは似ている。
日本語圏ブログに限定した話。
メジャーなブログでも、メディアとしての責任の自覚の甘さを感じることがある。
アクセス数(たいていはPV)が多いことや、なんとかランキングの順位が高いことを喜ぶ。
…これってマスメディアとおんなじじゃないか?
10月24日
どーも最近、ネットが「既存メディア」化(テレビ化?)してる気がして。ネタ流布パターンもそうだし。「旬」で客引きとか。アクセス至上主義とか。
11月5日
やっぱ「プログ道」がいけないんじゃないかな。「ブログかくあるべし」論だとか。
定義し、固定することでブログはつまらなくなっていく。
11月7日
つまらないものをつまらないといえない社会をファシズムといったらいいすぎか。
11月7日
ブログスフィアとエリカ会の類似点について考えてみた。
11月7日
…とまあ、こんなところで。言ってることがワンパターンですね:ase:

ついでに、これまでのブログスフィアの動向を振り返ってみて、いくつかあるんだけど、いちばんがっかりしたのは、ほぼ日刊イトイ新聞が今年4月にやったタモリのカレー部例会かな。

あれはぼくにとって決定的だった:ahhh:

当時のぼくのメモ。たぶんケータイにメモったもの。
問題は
多様性 発揮されていない どれ読んでも同じ
宣伝ではなく記者だったはずだが 中立性はどこに みな主催者寄り視点 記者クラブ詰めの記者を言えない
一種のメディアスクラム 善でありミニだから問題にはならないが
それから、mixiの非公開日記に書いたものを、不穏当な発言を若干修正したうえで。
久しぶりに不快。ブロガーと言われたくない理由を改めて認識。ブログなんてスパムだ。提灯野郎だ。以前にも自民党や民主党がブロガー懇談会?を催したことがあったが、この調子なら、ある意図を持った政治勢力なりに簡単に利用されてしまうだろう。糸井さんもタモリもがっかりしてると思う。根拠ないけど。小さいメディアならではの自律性とか多様性とか、どーなのよ。 「タモさんはすばらしい人だった」「目の前で生タモさんに出会えて幸せ」「タモリさんの真剣に調理する姿と、その合間にみえるさまざまな気配りぶりが素晴しかった」…みんなおんなじ方向向いておんなじ調子でタモリ賛歌うたってどーすんだ。それがクリエイティブな営みなのか。
…うーん。やはり不穏当な発言ですが、どうかお許しください:heart:

■関連記事:
ブログ進化の予感:RTCカンファレンス『ブログ限界論』
「場末の」取材屋ブログに。

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