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2007年11月09日

死んだんじゃない、生きたんだ。

[ 投稿者 : fratdrive ブログ : [ f ]ふらっとどらいぶログ カテゴリー : fratdrive日記 ]

昨日、ネタフルを運営するコグレマサト氏のお母様が息を引き取られました。

コグレマサト氏にお会いしたことはありませんが、同じ埼玉県在住のレッズサポでもあり、一方的にシンパシーを感じていた者として、心よりご冥福をお祈りいたします。

ぼく自身は、肉親を亡くしたことがまだ一度しかありません。その一度とは、学生時代に父方の祖母が亡くなったときですが、葬式に帰省したら、なぜか親戚のおじさんから一方的に説教を食らったという、なんだか妙な記憶しかありません(怒られた理由も???)。

飼っていた猫を亡くしたことは、二度あります。一度目は病死で、二度目は、突然の交通事故死でした。肉親の死と猫の死を一緒にするなと怒られるかもしれませんが、とにかく書きます。

とりわけ二度目のときにはすごくショックで、落ち込みました。そのときはまだブログを本格的にはじめる前で、掲示板にたくさん書き込みました。
どうか、シロの冥福を祈ってあげてください。そして、シロという、やんちゃで、木登りが得意で、納得できないことがたくさんあった子猫がいたことを、心の隅にとどめておいてください。皆さんに思っていただくことが、シロにとって一番の供養になると思います。
特ダネ掲示板
とも。

たしか、その頃だったと思いますが、どこかで聞いて以来、心にずっと残っているコトバがあります。

死んだんじゃない、生きたんだ。

死んだのは事実なのだけど、それ以前に、確かに生きたんじゃないかと。それを大事にしようよ。…みたいな文脈だったと思います(誰がどこで言ってたコトバだったか、知ってる方がいたらどうか教えてください)。

ぼくはこの言葉に救われました。

どんな死に方だったにせよ、死に至ったその瞬間だけをもって、悲しみにくれて、それでいいのかと。そりゃ悲しいのは間違いないけど、死に至る以前に、生きた時間があったじゃないかと。その子猫にとってはわずか半年間だったけれど、でも死という瞬間に比べれば、ずっと長い時間を生きたじゃないかと。一度目の猫は、一年もの闘病生活の末の死でした。本猫も辛かったと思うけど、でも、病気になるまでは楽しく暮らしてたじゃないかと。

そういうふうに、ぼくは死というものを考え、ぼくなりに受け止めるようになりました。

死に方というのはさまざまです。病気や事故で死ぬこともあるし、認知症が進んで誰が誰かもわからない状態で死ぬこともあるし、戦場で撃たれて死ぬこともあるし。もちろん、元気なまま、ある日ポックリ大往生にこしたことはないのだけど、では、死に方だけが人生かといったら、ぜんぜんそんなことはなくて。

どんな死に方をしようが、立派な人生は立派な人生だし、幸せな人生は幸せな人生だと思うし、また、そうでなければならないとも思います。

ぼくらは死に方を選べないし、選んではいけない。それは、あるがままを受け入れていくしかない。でも、生き方は選べる。そのひとが選んだ人生をこそ、残されたぼくらは「幸せな人生だった」と送り出していくべきではないかと。そんなふうに思っています。

死ぬ側に立ってみても、死に方だけで、あの人はどうだったとか、ぼくなら言われたくない。生きるのだって大変なんだ。山あり谷あり、楽しいことも悲しいことも嬉しいことも辛いこともいろいろあって、それでもなんとか、いじけたり悔やんだりいろいろ悩みながら、死の瞬間まで生きていくじゃないですか。

最近は孤独死が増えてるみたいですが、家族に看取られるのが幸せな死で、ひとり孤独に死ぬのが不幸せな死だとも思いたくなくて。そりゃ、家族に看取られたほうがいいにきまってるけど、でも、そういう死に方で幸せだの不幸せだのといわれたくなくて。できれば、ぼくが人生でいちばん輝いてた時期をもってして、「あの人は幸せだった」とか言われたいなと思うのです。勝手な言い草かもしれませんけど。

人生のゴールは死じゃなくて、そもそも人生にゴールなんてなくて、ただ、誰にも思い出されない人生よりも、「あの人はいいひとだった」とか「あのひとは立派なひとだった」とか「あの人は楽しいひとだった」とか、みんなの胸に刻み込まれるような人生のほうが絶対いいし、まあ、名声も財産も残せないからせめてそれぐらいは残せるような、そんな人生を送っていけたらな、などと思っているわけです。

なんだか中年オヤジのお説教タイムっぽくなってしまいました。。。

なので、コグレマサト氏のお母様は、まちがいなく、幸せだったと思います。そして、コグレマサト氏がその幸せな人生を継ぐことで、天国のお母様も喜ばれるものと思います。

復帰を心待ちにしています。

PS.決戦は水曜日ですよ!

※この記事はコグレマサト氏への私信のつもりで書きましたので、トラックバックを打たせていただきました。

■関連記事:とかく弱者には辛い時代?(1週間で“処分”される犬猫たち)

⇒この記事をふくむカテゴリー [ fratdrive日記 ] もどうぞ。
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